「ラジオドラマがやりたかった」
小学3年生での歌舞伎との出会いから大学まで、関川さんは様々なことに興味を持ち取り組んできた。でもそこには思い付きであるとか、突飛な行動はなく、小さな芽が一歩一歩成長していくように一貫した歩みがあった。
もちろん就職活動もその延長線上にあることに変わりはない。関川さんの中には、3つの選択条件があった。「表現できる仕事をしたい」「制作という仕事に携わりたい」、そして「自分が活かせるのは人数が少ない、小規模の会社ではないか」ということだった。
編集部
「関川さんにとって就活はどのような環境だったのでしょうか」
関川
「バブル経済の最後の時期です。まだ売り手市場の頃で、OBの先輩に言われたんです。一生に一度しかないんだから様々な業種に触れるチャンスだぞって。限定するのではなく、視野を広げておいた方が良いというアドバイスをいただきました。だから異なる業種の会社を受けたんです」
編集部
「具体的には、どのような企業を受けたのですか」
関川
「実は松竹・歌舞伎座であるとか、国立劇場の資料室などを進路として考えていたのですが、いろいろな人に話を聞くうちに自分には合わないかもって思うようになったんです。それでラジオ局では文化放送とTOKYO FM、それと大日本印刷、ワールド、日本板硝子を受けました。ラジオ局以外の3社については、自分なりの選択基準があったんでしょうね、OBのアドバイスもありましたし」
編集部
「表現できる仕事、制作に携わる仕事であれば、テレビも候補になって当然だと思うのですが」
関川
「テレビは自分の中で違うと感じていました。やりたいこととは別に自分の志向を考えたとき、イメージできたのは人数規模の少ない会社が良いのではないかなと。自分を活かせる会社という選択基準ももっていました。この基準で考えると、テレビは違うんです。規模が大きいですから」
編集部
「ラジオ局も他に多く存在しますよね」
関川
「人によっては、可能な限りすべてに挑戦する方もいます。でも自分が入社して活躍できるというか、向いているというか。志望する業界であっても、自分に合いそうかどうかという視点で考えていました。それと、その会社を自分が好きになれるかどうかという点も重要だと思います」
編集部
「そして文化放送に入社。最初に配属された部署は」
関川
「ラジオCMの制作セクションです。恵まれていたんじゃないでしょうか。当時、業界でも有名な方の直属の部下になり、貪欲に吸収してやろうと思い、必死に仕事に取り組んでいました。いま考えても大きな財産ですね」
編集部
「当時の記憶に残る仕事はありますか」
関川
「文化放送の面接の時、ラジオドラマがやりたいと発言したんです。入社後も実現したくて、入社2年目に会社からもOK出たんです。新入社員でラジオドラマを制作するチャンスに恵まれました」
編集部
「具体的にはどのようなラジオドラマだったのでしょうか」
関川
「江戸川乱歩の“赤い部屋”という短編小説のドラマ化です。40分の枠をいただきました」
編集部
「関川さんは何を担当されたのでしょうか」
関川
「CMの制作に携わって2年。ある程度のノウハウは習得していました。当時はいまと違ってアナログの時代ですから、すべて手作業です。現在はすべてコンピューターで音源を編集できますが、当時は録音したテープをハサミで切り、テープで繋げていたんです。僕は、小説を自分で脚本に仕上げることから、役者さんの選定、BGMの制作・選定まですべてに携わりました。学生時代からやりたかった総合演出の仕事をさせてもらったんです」
編集部
「夢の実現ですね」
関川
「ええ、そうですね。入社から2年半をCM制作セクションで過ごし、その後、番組制作のセクションに異動してもラジオドラマ制作の機会をいただきました。もちろん自分が担当する番組ももっていましたから、あくまでもドラマ制作はメインではありませんが」
編集部
「どのようなドラマを制作されたのでしょう」
関川
「わたせせいぞうさんにお願いしたオムニバスドラマとか、終戦50年で学童疎開をテーマにしたドラマであるとか、充実感もあったし、自分の仕事に満足していました」
「学ぶべきことがなくなったら、すっぱり会社を辞めてしまえ」
編集部
「いままでやりたかったラジオドラマ。それも夢だった総合演出という立場で携わっていたとき、異動の辞令があったのですか」
関川
「実はラジオドラマを作りながら思っていたんです。これって誰のためなんだろうって。確かに聞いていただくリスナーのためなんだけど、制作過程でこの仕事は自分のためなんじゃないだろうか、もしかしたら自己満足かもしれないって思ったんですね。葛藤はありました。入社から約5年半、確かにラジオドラマの制作は楽しいし、作品に対して様々な人が評価をしてくれる。やりがいはありました。でも時代の風にラジオドラマの存在価値ってどうなんだろうという意識もありました。自己批判もありましたね」
編集部
「そのような葛藤の中、入社から5年半を経て、はじめての営業セクションへの異動。その時、どのような気持ちだったのでしょうか」
関川
「当時の部長に突然呼びされまして。最初は不貞腐れたし、泣きもしました。でも意外とサバサバしていて、腐ってしまうのは簡単だけどそれって潔くないと考えていました。だって組織の一人ですから、会社員としての仕事を全うすることが重要じゃないですか」
編集部
「制作への執着はなかったのでしょうか」
関川
「入社当初から総合職として、業務の全てを知りたいと言っていました。ジョブローテーションですから。もし、あくまでも制作に固執するのであれば制作会社にいけばいいわけです。でも僕はそうしなかった」
編集部
「営業セクションに異動して、実際いかがでしたか」
関川
「やっぱり切替えには時間がかかりました。自分を誤魔化しながら慣れていった感じです。でも徐々に楽しくなっていきました。制作もできる、営業もできるというのが自分の武器になりつつあった時期ですね」
編集部
「そして文化放送に入社して約10年、32歳の時に転職を決意するわけですが」
関川
「あるとき1冊の本を手にしたんです。そこにこう書かれていたんですね。“この会社に学ぶべきことがなくなったら、すっぱり会社を辞めてしまえ”って。いま思えば生意気なんですが、自分が置かれている状態じゃないかって感じたんです。それと、もしかしたらまた制作に戻ることも可能性としてはあるわけです。でも嫌だった。僕個人の考えですが、営業に異動して数年が経つわけです。当然ですが、感覚が鈍っています。そのような人間が、また制作をやってはいけないと思うんです」
編集部
「制作に戻る意思はない。でも同じラジオ局のJ-WAVEを転職先として選択した理由はなんだったのでしょう」
関川
「やっぱり新卒から10年をラジオ業界で過ごしてきて、他の商売はできないだろうという気持ちが強かった。そして文化放送と横並びのAM局も駄目だろうと。そのときFM局のJ-WAVEが中途採用をしていることを知ったんです」
編集部
「自分の気持ちと周囲の動きのタイミングが合ったんでしょうか」
関川
「たまたまだったんです。広告会社の人が、J-WAVEが人材募集をしているという話をしていて。営業の最中だったんですが、すぐに求人広告が掲載されている新聞を買いに行きました」
編集部
「実際に応募したときの気持ちは」
関川
「営業経験5年で、管理職と社員の2名のみの募集でした。僕は営業も制作もできる。自分しか適任はいないんじゃないかって、勝手に思っていましたね」
編集部
「人気企業でもあり、たった2名の採用枠ですよね。相当の倍率だったんじゃないでしょうか」
関川
「確かにそうだったかもしれません。当時の応募人数は分かりませんが、僕の周りでも受けると言う人は多くいました。でも自分が通るだろうという、理由はないのですが自信はありました。行ってやるんだという強い意志がありましたね」
編集部
「同じラジオではあるものの、AMとFMの違い。転職して変化はありましたか」
関川
「やっぱり全然違っていました。いままでの自分のセオリーが通じないんです。僕は順応性が高いタイプではないので、苦労はしました。でもこれだけは言えるのですが、世界が広がったことは事実です」
編集部
「昨秋からの経済環境の悪化で軒並み企業の広告宣伝費が削減されています。またインターネットの普及によってラジオというメディアも転換期を迎えているのではと思うのですが、いかがでしょう」
関川
「そうですね。いま本当に思っていることは、これからのラジオの在り方、存在というものを自分の言葉で提示しなければならないということです」
編集部
「それが、関川さんにとっての今後の目標になるのでしょうか」
関川
「はい。ラジオの世界で生きてきました。そしてこれからもラジオの世界に身を置くつもりです。だからこそラジオを、新しいビジネスとしてとらえ直し、みなさんにお届けしたい。それが課題だと思っています」
編集部
「では最後に、大学生のみなさんにメッセージをお願いします」
関川
「慎重にして大胆、ということでしょうか。考えたり、調べることも大事なことです。だけど、いつまでも考えているだけでは何も起きません。自分がこうと決断したら大胆に振る舞うこと、迷わずに動くことが大事だと思います。自分の経験から学んだことですが、前向きに、そして大胆に行動することが視野を広げることにつながります。まずは行動することの大切さを信じて、心掛けていただければ嬉しいですね」
編集部
「ありがとうございました」

現在の仕事内容を教えてください。
ラジオ局の営業セクション。民放なので、広告主から放送収入を得なければなりません。その広告主を見つける活動、そして現状広告主である企業様とのコミュニケーションを担当しています。
また社内においては、広告主のオーダーを受けて制作セクションと調整し、放送される番組にフィットする状態に整備することも業務内容になります。また広告主と私たち(J-WAVE)を繋ぐ広告会社と連携してセールスする場合もあります。広告会社とのコミュニケーションも大事な業務になります。
必要となる能力・スキルについて教えてください。
ラジオが、そしてラジオ番組が好きであること! 営業面においては、やはり想像力でしょうか。
広告主がJ-WAVEを活用して、どのように番組やイベントなどを展開すれば最大限に輝くことができ、またご満足いただけるのか。なおかつリスナーの方々に心地よくメッセージが届くのか。これらすべてを想像して、説明し、提案する力が大切になります。