小玉健児さんは現在、株式会社サンミュージックで芸能マネージャーとして活躍している。それは担当する俳優に良質な仕事を提供し続ける、「営業」という仕事。一般にはイメージしづらいエンタテイメント業界における「営業」とはどのような仕事なのか、
「担当する俳優をどのような方向に導くことがベストなのか。そのためには、どのような仕事をすべきなのか。このような視点で俳優の成長プランを描くこと。そして本人のステップアップにつながる、できるだけ良質な仕事を取り続ける。セオリーとか、正解を導き出すための公式がない仕事です」
こう話してくれた小玉さんだが、実は表舞台に立つことを志していた。演劇、芝居、舞台。いつかエンタテイメントの表舞台でスポットライトを浴びることが夢だった。その夢に向かってアルバイトの日々を送る中、表舞台から裏方の仕事に視点が広がってく。そしていま、芸能マネージャーとして俳優を世の中に送り出す立場に変わった。
「エンタテイメント業界は、気を抜けばつまらなくなるもの。だから毎日が宿題ばかりです」
「自分自身を憶えてもらうこと。理解してもらうこと。
そうしなければ担当する俳優を選んでいただくことはできません」
編集部
「まずはじめに芸能マネージャーである小玉さんの仕事について教えてください」
小玉
「ひとことで言えば、俳優をセールスすること。つまり営業ですね」
編集部
「一般的な企業における営業とどのような違いがあるのでしょう」
小玉
「俳優の仕事をとってくることです。でも、ただ闇雲にとれば良いってわけではなく、その俳優にとってベストなものを探し出して、セールスし、獲得していかなければなりません」
編集部
「たとえば車とか電化製品とか、カタチのあるものではないですよね。その製品のデザインとか色、機能、サイズなどで選ぶことができないものですし」
小玉
「そうですね。僕にとってのセール先、つまり俳優を選んでいただき、仕事をいただく取引先は、主にテレビや映画、舞台などのプロデューサーです。そのとき、俳優本人を頭から連れていくことはほとんどありません。宣材、プロフィールなどと呼ばれる紙の資料でセールスするわけです。特に新人の場合は、プロデューサーにとって知らない存在ですから、より大切になります」
編集部
「つまり、商品パンフレットだけで商品を買っていただくということでしょうか」
小玉
「簡単に言ってしまえばそうかもしれません。だからこそ僕は、担当する俳優の資料を自分で作ります。ドラマの切り抜きを貼りつけたり、いろいろと考えて工夫をしています。自分で積極的に作った方が、気持ちが入りますし。そして、その資料をもってプロデューサーのそばに行き、いま話しかけても大丈夫かってドキドキするわけです。いまは忙しそうだから後にしようかどうしようか、でも行ってみようかって」
編集部
「でもプロデューサーの人にとって、資料だけで判断するのは難しいですよね」
小玉
「だから我々のようなマネージャーの存在が重要になるのではないでしょうか」
編集部
「実際の営業現場ではどうですか」
小玉
「サンミュージックに入社する前にいた会社の社長から言われたことがあるんです。“この仕事は水商売みたいなものだから、いかに自分を売るかが重要。自分を売ってナンボだよ”って。実際、そうだと思います。たとえばAとBというふたりの俳優がいたとき、今回の役はいつも顔を出しているマネージャーが担当するAを使おうということはよくあることです。自分がセールスする俳優なんだけど、起用する側のプロデューサーは自分を見ている。つまりマネージャー自身の存在そのものを判断理由にすることってあるんですよね」
編集部
「かなりアナログな世界ですね」
小玉
「ええ、昔ながらの営業スタイルですね。人とのつながりがとても重要になります。だからこそ、いきなりその仕事をとろうとか、決めようとするのではなく、まずは自分を分かってもらわなければなりません、担当する俳優ではなく、マネージャーとしての自分自身の存在を。それができなければ人から選んでいただくことはできない。でもそれを、たまに忘れちゃうんですよね。すぐに仕事の話をして失敗しちゃうんです」
「本当は、自分が俳優になりたかった」
編集部
「どうしてエンタテイメント業界を目指そうと思ったのですか」
小玉
「小学生の頃から、漠然とですが有名人になりたいとは思っていました。でも具体的な目標とか夢があったわけではありません」
編集部
「ではいつごろから具体的になってきたんですか」
小玉
「実は高校時代、ずーっとモヤモヤしていたんです。他人からどう見られているのかを気にしていたり、どうしたら評価してもらえるのか気になったり。自信がないくせにひねくれていたのかもしれません。だから漠然と大学に進学することに少し恐怖感もあったんです。無理矢理目的意識を持とうとしていました。大学に行けば何か目的がみつかるさって感じです」
編集部
「その大学進学でいまにつながる出会いがあった」
小玉
「演劇サークルの新入生歓迎公演にやられました。背筋がゾクゾクする感じです。新入生は無料で観ることができるので、軽い気持ちで行ったんです。そこで上演されていたのは当時メジャー劇団だった第三舞台の、鴻上尚史さんの戯曲“トランス”でした。3人の役者の、誰の世界が本当で、誰の世界が嘘なのか。それが目まぐるしく変わるストーリーでした。その舞台を観て衝撃を受け、次の週には演劇サークルに参加していましたね」
編集部
「それから芝居漬けの大学生活がはじまったのですか」
小玉
「ええ、千葉からJR総武線で新宿まで出掛け、観に行っていました。そして大学2年のとき、第三舞台の“朝日のような夕日をつれて97”という舞台を観て、ここまで人を惹きつけることができるエンタテイメントの素晴らしさに感動したんですね、観終わった後も、もの凄く気持ちが良かった。その後、佐々木蔵之助さんがいた惑星ピスタチオという劇団の、テンションの高い芝居に没頭しました。小道具などを使わずにパントマイムで見せるお芝居で、感動というよりも驚きが強かった。人間の体でここまで表現できるんだって」
編集部
「舞台を観ることのほかに具体的なアクションはされたのですか」
小玉
「惑星ピスタチオの演出をされていた西田シャトナーさんが主宰するワークショップに通うようになりました。大学3年のときは芝居漬けの毎日でしたね」
編集部
「俳優を目指していたのですね」
小玉
「そうです。演じているのは僕と同じ人間なのに、どうしてこうも大きな気持ちの塊をぶつけられるのだろうって。自分もそのような芝居をしたい。人の気持ちを揺さぶるような芝居がしてみたい。そう思うようになったんです」
編集部
「就職という道は考えていなかったのですか」
小玉
「小学校の先生になる勉強はしていました。でも先生になろうなんて全く考えてもいなかった。資格をもっていれば将来食べていけるだろう程度の考えでした。だから大学4年のとき教育実習には行きましたけど」
編集部
「そうすると、就職活動は」
小玉
「していないんですよ。俳優になりたくて、それまでやっていたGAPジャパンのアルバイトを続けました」
編集部
「どのような仕事をされていたのでしょうか」
小玉
「店頭での販売スタッフです。でも単なる販売ということではなく、お客様と友達のように接し、お店に来ていただいたことを楽しんでもらいたい。アミューズメントパークのような楽しい気持ちになってもらいたいという発想での仕事でした。一緒に働く仲間もフレンドリーで、僕と同じように夢に向かってアルバイトをしているスタッフも多かったですね、当時は。だからお互いに励まし合ったりしていました」
編集部
「アルバイトを続けながら俳優への道はどうだったのでしょう」
小玉
「なかなか芽が出ないものです。GAPでの仕事は、パフォーマンスをする舞台が劇場かお店だけの違いで、お客様に楽しんでもらえることに変わりはない。自分自身のパフォーマンスで楽しんでもらうエンタテイメントだと思っていました」
編集部
「GAPでの仕事をする中で、何か変化がありましたか」
小玉
「お客様に楽しんでいただく中で、もっとたくさんの人に喜んでもらいたいと考えるようになりました。でも俳優としての芽が出ない。そしてなんとなく朝日新聞の求人広告を見たんです。人に喜んでもらう仕事って何があるんだろうって。そこに芸能マネージャーの募集広告が載っていたんです。2001年10月です。それは有限会社シス・カンパニーという俳優事務所でした。当時人気だった劇団“NODA-MAP”のプロデュースもしていた事務所で、僕は舞台も好きだったし、好きな世界の延長線上で仕事ができるかもしれないと思い、アピールして入社しました」

小玉さんにとって仕事とは?
自己鍛錬の場。自分の可能性を広げる場所。
小玉さんにとって仕事でのこだわりとは?
スピード。何かをしていただいたときに感謝の気持ちを忘れないこと。その気持ちを口に出すこと。
小玉さんにとって仕事の必須アイテムとは
黒のサインペン。名刺にメモを書いてプロデューサーの机の上に置いたりします。線が太いので、ボールペンよりも力強いところがポイント。
後編につづく